2007年02月21日
通天閣の改修工事前後の風景
大阪の名所の1つ<通天閣>、この建物昨年の夏から秋にかけて外装やネオンの改修工事が行なわれました。
いつか記事にしようと思いつつ延び延びになっておりましたが、ゴリモンさんのブログで新世界と通天閣の写真が載せられておりましたので今日、記事として取り上げる事にしました。
私が通天閣の改修工事に気付いたのは昨年の7/13の夜の事でした。この部分については7/24付けの記事として書きました。
シンボルであるネオン灯が消え、真っ暗な通天閣の写真が載せてありますのでご覧になってみて下さい。
そして無事改修工事も終わり、昨年の10/27に点灯式が行なわれ現在の姿となりました。
たまたま今回の改修工事期間を含んだ通天閣の写真が何枚か手元にありましたので今回アップさせて頂きます。
まず最初は2005年8月13日にJR天王寺駅傍から写した写真です。カメラの質が悪くちょっと見難いですが、お許し下さい。
手前の天王寺公園の木立越しに通天閣が見えています。右手の瓦屋根の建物は大阪市立美術館です。
自動車が止まっている橋の下にはJRの電車が走っています。この道路は“上町台地”と呼ばれる大阪市内で一番地面が高い場所に沿って造られているので線路はこの様な場所に落ち着いたようです。
次の写真は2006年3月27日に一心寺さんの境内から西側を向いて撮影したものです。
通天閣には東西南北4面に文字が書かれています。
この写真では正面の東面に<HITACHI>の文字、北面には<日立プラズマテレビ>と書かれています。
同じ日に市立美術館正面入り口付近で撮った別の写真では南面が写っていました。ここには<日立ITソリューション>と書かれています。
この時の西面の文字は不明だったのですが、取り決めとして西面は公共広告(標語)を表記することになっているので、そのようなコメントが書かれていたものと推測されます。
次の写真は2006年5月20日午前のものです。JR天王寺駅より100m程度北側で撮影しました。
次の写真は2006年8月14日に市立美術館正面入り口付近で撮った写真です。
次の写真は1ヵ月後の2006年9月13日に天王寺公園内から撮影した写真です。
はっきりとは確認出来ませんが東面の大時計の文字盤が無くなっている様な雰囲気がします。
JR新今宮駅から北方向へ少し行った所からの撮影です。
南面の文字は<安心と信頼の日立グループ>に変更となりました。
公共広告が書かれているという西面には<元気な大阪 美しい水の?>一番下の文字は見えなかったのですが多分“都”だと推測されます。
(水都 大阪 と言いますので)
南面をバックに商店街を撮影しました。ゴリモンさんの写真と同じ場所ですね。
そして通天閣下付近から南面を撮った写真です。
東面には<HITACHI>の文字がはっきりと見えますが、その下には<Next>の文字が見えます。たぶん夜間のネオンサイン点灯の時に<Inspire the Next>の文字と定期的に切り替わるのではないかと思われます
時計のデザインも変わったような印象を受けました。
北面には前回同様<日立プラズマテレビ>と書かれています。
最後はJR天王寺駅付近から天王寺公園と通天閣を写した写真です。
梅田、難波のみならず天王寺周辺でも高層建物の建設が進んできています。
梅田の丸ビルのように周りを高い建物に囲まれ、大阪のシンボルである<通天閣>が隠れてしまわないような規制を考えて欲しいと思います。
最後におまけ情報です。(音が出ますのでご注意下さい)
日立製作所さんが通天閣に関する映像を発信してくださっていました。
<通天閣 前編> 2代目通天閣の歴史をコンパクトにまとめてあります(約8分)
<通天閣 後編> 今回の改修工事の模様をコンパクトにまとめてあります(約7分)
是非ご覧になって下さい。
追記;上の文章で不明だった“水の○”に入る文字判明しました。
2006年12月18日にJR新今宮駅プラットホームから撮影した写真を発見。
やはり“水の都”でした。 あーっ、すっきり!
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この記事へのコメント
今回の改装で東面の時計は(上から見た通天閣に合わせて)八角形になったそうですが、丸い方が個人的には好きかも。
最後の写真に天守閣が写っていたので笑ってしまいました^^
私も個人的には丸い時計の方が好きでした。長く見ていると慣れて来るんでしょうけれど。
天守閣、2005年の写真でも既に築城されておりました!(笑)





